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~ 会社概要 ~ どうして桜島塗装って名前?どんな人?

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鹿児島で生まれ鹿児島で育った僕の事少しだけ皆さんにお話します。

「うわぁ~!」
「人が死んでる!!!」・・・・・・・・・・
「なんだ~人が寝てるだけじゃん~!!」
「寒いのにこんなとこで寝てるなんて可哀そう~」
とカップルがそうやり取りしながら横を通り過ぎていくあの時の事は10年以上たった今でも忘れません。

恥ずかしながら10年以上前の若い頃、色々あり1週間ほど住む家がない状況になった時がありました。
生まれ育った故郷の鹿児島からでて来る前は「愛知の星」になってやると息巻いて故郷の友人達に言ったのはよかったのですが、「愛知の星」どころか「愛知のクズ」になり下がっていました。(笑)

あの時3月でもまだまだ夜は寒くその年は上旬に大雪が降った年で、国道1号線知○市の地下道で1晩過ごした夜でした。

その後も働き始めて1カ月先の給料までの間にダイエットしたわけでもないのですが、1か月で5キロ痩せてしまうほど(1か月昼飯CCレモン1本、夜はまだ炊飯器がなく、おにぎり1個にお茶のみ、名付けて「CCレモンダイエット」略してCCD(笑)なかなかきつい日々も過ごしてきました。

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高校卒業後
18歳で最初に就職した知立市のミ○マ精工さんでは大変お世話になりました。そして多くの先輩方にすごく可愛がってもらいました。
ミ○マ精工さんで関わったみなさんに今でも感謝していますし、よく休憩中に寝ている私の横にそっとお菓子やパンなどおいて下さったパートのお母さん方の優しさ・・・心に深く残っています。
とにかくミ○マ精工さん感謝です。

その後20歳の頃に退職し鹿児島に一時的に帰りましたが、意味もなくダラダラ過ごす日々が続きました。
この頃が人生で一番何もしていない時でしたね。そしてある時愛知で働くお話があり、また愛知に戻ってきました。
戦闘機のメンテナンスの仕事や全国回る現場仕事などを経て何か手に職をつけたいと考えた頃でした。

豊田市の塗装会社に入社し塗装人生が始まりました。今までだらけていたせいか職人の仕事は厳しく感じました。
時には罵られ、たまに褒められそして怒られる。そんな日々が2年ぐらいは続きました。
本当に何度やめようとしたか一度は荷物を車に乗せ鹿児島に帰ってやると車で帰ろうとした事もあります。
ただ30分で帰宅。(笑)(ただいつもより遠くのコンビニ行って帰って来ただけ(笑))

そんなこともありながらなんとか仕事も覚え1人前の職人に。
職人時代働いていた会社の親方や先輩方など厳しくしてもらい感謝していす。
ただ若いうちは一人暮らしでなかなか苦しい生活でしたがお金がないなりに夜働いたり休みの日にバイトしたりして凌いできました。
実家暮らしの人と同じ暮らしするならその人達が寝てる間や遊んでる間に働き努力するしかないと職人時代はそうして頑張って乗り越えてきました。(あの頃は辛かった~)

現状苦しいのは自分の人生の歴史の結果だと、努力が足りないから苦しいんだ、といつも自分自身そう捉えて日々将来について考えてきました。

職人は(どの仕事でも)やはり長い下積みがあり失敗を繰り返してようやく一人前になるものだと思いますが、一つ言える事は、人間それぞれ覚える速さは違っても、たとえ遠回りでも覚えてしまえば同じだという事です。
あとは本人がどうアレンジして自分の形にしていくかが大事と私は思っています。筋が良くても手を抜く人間であるより、覚えが悪くてもまじめにこつこつ仕事を確実にする人間の方が5年、10年後花が咲くと私は思います。
従業員にも自分の家だと思って塗りなさい。自分の家ならこれでいいのか?と心が大事だと言っています。

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振り返るとあの1週間の寒い夜を過ごした事があったからこそ今につながってるんだなと思います。
帰る家があって外で過ごすのと帰る家がなくて外で過ごすのでは全然違います。あの日の寒さや寂しさ、不安が自分の肥やしになっています。
苦労は買えるものではありません。苦労して辛い事を乗り越えてこそ自信が生まれ成長できると私ははそう信じています。

結婚するまでは、ご飯だけは毎日炊き、週替わりで卵かけご飯、パスタ、ツナマヨ飯、カレー、メンチカツなどメンチカツは近くのコンビニでよく買っていましたので多分店員の間ではメンチ君とあだ名で呼ばれてそうな位買ってました。(笑)(今ではメンチカツ嫌いです(笑))

そうして過ごしていく中で今の奥さんと出会い結婚。やはり家に帰るとご飯が待ってるなんて、なんて幸せか!!その事が私にはすごくありがたいです。
職人時代には、仕事を終え片づけをしている時にお施主様の夕食の調理している香りに故郷の実家を思い出し涙が溢れそうになった事が2,3度ありました。(今思うと情けない(T_T))贅沢しなくても帰ると家族とご飯が待ってれば幸せだなぁと思います。

桜島塗装とつけたのは故郷から出てきた時の辛さ、寂しさを忘れず今があるのはいろんな人達に助けられてきた事を忘れないよう。

そして職人で全国県外から来た人達が県外の人間がこんなとこで頑張ってんだぁ~俺も負けられんと思ってもらえたら嬉しいなと。
社名を見て運転中信号待ちや現場で声をかけてもらったりいろんな方がお声をかけてもらいます。ありがたいです。(ただ住んでいたのは霧島市ですけどね。(;一_一))

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話は変わりますが知立市の竜○中のみんなにはすごく感謝しています。
みんなとの出会いが人生の分岐点だと思ってます。県外の自分を受け入れてもらい、仲良くしてくれてありがとう。
20歳過ぎから先輩、後輩、そして同じ年の友人達たくさん遊んでくれてありがとう。これからもよろしく!!
ミ○マ精工の皆さんや今まで働いて知り合いお世話になった方々そして今現在お仕事や仲良くしてくれている方々本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
自分自身いろいろ未熟ですがこれからも頑張っていい会社にしていきますので応援よろしくお願いします。

一度きりの人生やるからには努力した先、倒れるなら悔いはなし!!